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東京地方裁判所 昭和38年(ワ)6548号 判決

原告 宇田川信一

右訴訟代理人 敦沢八郎

被告 松田豊

同 池田とめ

被告ら訴訟代理人 大森正樹

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

(請求の趣旨)

1  別紙目録記載の建物が原告の所有なることを確認する。

2  当庁昭和三四年(ノ)第二七三号、同三三年(ワ)第六九四七号、同三三年(ワ)第八七八二号事件調停調書が無効なることを確認する。

3  被告松田豊は別紙目録記載の建物につき同被告のためになされた。

(イ)  昭和三二年五月一八日東京法務局板橋出張所受付第一五七七五号所有権移転請求権保全仮登記抹消登記手続をなすべし。

(ロ)  同三三年八月一四日同出張所受付第二七一八六号右所有権移転請求権保全仮登記更正登記抹消登記手続をなすべし。

(ハ)  同三三年八月一四日同出張所受付第二七一八七号右仮登記本登記の抹消登記手続をなすべし。

(ニ)  同三二年五月一八日同出張所受付第一五七七四号抵当権設定登記の抹消登記手続をなすべし。

(ホ)  同三二年五月一八日同出張所受付第一五七七六号賃借権設定登記の抹消登記手続をなすべし。

4  被告池田とめは

(ヘ) 別紙目録記載の建物につき同三五年六月九日同出張所受付第二〇四六二号を以て同被告のためになされた所有権移転登記の抹消登記手続をなすべし。

(ト) 原告に対し別紙目録記載の建物を明渡すべし。

5  訴訟費用は被告らの負担とする。

6  給付部分につき仮執行の宣言を求める。

(請求の原因)

一、別紙目録記載の建物は原告の所有である。

二、しかるに右建物につき、被告らのため請求の趣旨に記載のような所有権移転請求権保全の仮登記、その更正登記、右仮登記の本登記抵当権設定及び賃借権設定登記、所有権移転登記がなされているけれども、いずれもこれらの登記に副う実体行為は存在しない。

三、右建物に関しては当庁昭和三四年(ノ)第二七三号同三三年(ワ)第六九四七号同三三年(ワ)第八七八二号事件として原、被告及び利害関係人宇田川信義間において調停が成立したことになって居り、同調停においては宇田川信義が原告の代理人として出頭し、調停成立の合意をしたことになっているけれども、原告は同人に右調停において代理する権限を与えたことはなく、同人は原告代理人を僭称したにすぎないから右調停は無効である。よってその無効確認を求める。

四、請求の趣旨第3項(ニ)の抵当権設定は、当時原告は未成年者(昭和一二年九月二六日生)であって、親権者宇田川信義がなしたものであるところ、利益相反行為に該当するに拘わらず特別代理人選任することなしにしたものであるから右設定行為は無効である。

五、請求の趣旨第3項(イ)ないし(ハ)に基づく所有権移転は代物弁済によるものであるところ、本件建物の価格は借地権のそれを含め金三〇〇万円以上であるに拘わらず宇田川信義の困窮に乗じてなされたもので公序良俗に反するものであるから無効である。

六、以上何れの点よりするも被告松田のためになされた各登記は無効であり原告は建物所有権を失っていないから、右所有権確認と各登記抹消を求める。

七、従って、被告松田は本件建物所有権を取得していないから被告池田は同人からその所有権を取得するものではないよって、原告の建物所有権確認、被告池田のためになされた所有権移転登記の抹消を訴求すると共に、無効な調停調書に基づき本件建物につき強制執行してこれを占有するもので、適法な占有権原あるものではないから、原告に対し本件建物の明渡を求める。

(証拠)〈省略〉。

被告らは答弁として

(一)  本件については原告主張の三三年(ワ)第六九四七号事件同年(ワ)第八七八二号反訴事件としてさきに原告が訴提起して訴訟係属し調停に回付され同三四年(ノ)第二七三号調停事件において調停成立し、原告、宇田川信義は実質的に本件建物が被告松田所有なることを認め、調停条項において両名連帯して同被告に対し六五万円の貸金債務を分割弁済すること、不払のときは本件建物を同被告に明渡すこと、完済したときは同被告において右建物に同被告のためになされた各登記抹消登記すること等を約した。よって(既判力が及ぶものであるから)原告の訴却下訴訟費用原告負担の判決を求める。

(二)  本案につき請求棄却訴訟費用原告負担の判決を求め、

(三)  本件建物につき被告らのため原告主張の各登記のなされていることは認め、昭和三二年五月一七日被告松田豊代理人松田大吉、松田よ志をは原告(親権者宇田川信義)に対し金五〇万円を弁済期同三二年六月一六日利息及び損害金月四分の約で貸渡し、原告は本件建物に抵当権を設定し、売買契約の仮登記をなし、ついで同三二年一二月八日同被告から原告に対し金五万円の貸金(弁済期四〇日後)、同三二年一二月三〇日金五万円(弁済期一カ月後)の貸金をなした。従って被告松田のための登記はこれに副う実体行為があるものであり、建物は右調停後被告池田が同松田から買受け所有権取得したものである。

(四)  調停においては信義が適法に原告を代理したもので原告主張のような無効原因はない。

(五)  被告池田とめが本件建物を占有していることは認める。同被告は被告松田の承継人として右調停調書により建物明渡の強制執行をなし右建物を適法に占有するものである。

(六)  原告主張のその余の事実は争う。

(証拠)〈以下省略〉。

理由

按ずるに成立に争ない甲第一七号証並びに弁論の全趣旨によれば、原告と被告松田豊との間に従前当庁昭和三三年(ワ)第六九四七号及び同年(ワ)第八七八二号事件が係属し、これが民事調停に回付されて同庁昭和三四年(ノ)第二七三号事件として昭和三四年五月七日午後四時利害関係人として宇田川信義参加の上調停成立し、その調停調書の記載の内容は、原告は被告松田豊に対し元金六五万円の貸金債務を認めこれを昭和三四年六月から同三五年一一月まで分割して同被告方に持参支払のこと、利害関係人は連帯してその支払義務を負担し、両名は右分割金二カ月分支払を怠るときは本件係争建物を明渡すこと、両名が前記分割金を約旨通り支払ったときは右建物につき同被告のためになされた本件係争各登記の抹消登記手続をなすことを骨子とするものであったことが認められる。そして同被告に対する原告の本訴請求は前掲請求の趣旨記載の通りである。そして調停が成立し当事者間の合意を調書に記載したときその記載は裁判上の和解と同一の効力を有することは民事調停法第一六条の規定するところであり、訴訟上の和解調書の記載は確定判決と同一の効力を有する(民訴法第二〇三条)とされる。しかしこのことは調停ないし和解調書が確定判決と同じく執行力を有するものではあっても、調停ないし裁判上の和解においては請求に対して裁判所の判断は何らなされていないのであるから、裁判所の判断が加えられたことを前提とする既判力が認められる余地はない。よって被告松田豊に対する訴の却下を求める同被告の主張は爾余の検討を加えるまでもなく容れることができない。

次に別紙目録の建物が原告の建築し所有したものであったことは成立に争ない甲第一、第三号証並びに弁論の全趣旨により認められ、右建物につき被告松田豊のため原告主張の所有権移転請求権保全の仮登記、同更正登記、右仮登記の本登記、抵当権設定登記、賃借権設定登記の存することは当事者間に争がなく〈省略〉を綜合すると、昭和三二年五月一七日当時未成年であった原告は親権者宇田川信義(父)により被告松田豊(代理人松田大吉、松田よ志を)から金五〇万円を弁済期同三二年六月一六日利息損害金月四分の約で借受け原告所有の本件係争建物につき同被告のため抵当権賃借権を設定すると共に同建物売買したこととし同被告のため所有権移転請求権保全の仮登記を経由したこと、右売買というのは実質は、右の貸金の担保として右建物を同被告に差入れたのと同趣旨のもので、代物弁済の予約(ないし停止条件付代物弁済)のはたらきをするもので、同被告としては、これによるか又は抵当権の実行により右の貸金を回収するか選択権を有していたとみられること、その後原告から右貸金の弁済がなされず、原告から受領していた印鑑証明書等の書類を用い翌三三年八月一四日右仮登記の更正登記及び右仮登記の本登記手続がなされたことが認められる。そして成立に争ない乙第一七号証、同第二七号証の一、証人宇田川信義の証言(一部)によればその後原告と同被告との間に当庁昭和三三年(ワ)第六九四七号、同年(ワ)第八七八二号事件が係属し、これが民事調停に回付されたこと、同調停において原告は宇田川信義を代理人として調停の合意が成立し、調停調書が作成されたことが認められ、原告が宇田川信義を代理人とする原告作成名義の右乙第二七号証の一の委任状の作成名義については原告が本件訴訟上その成立の真正を認めているのであるから、同調停における宇田川信義の原告を代理する権限が否定されるものではなく、証人宇田川信義の証言による、右乙第二七号証の作成名義人原告名は信義において記載した旨の陳述並びに鑑定人遠藤恒儀による鑑定の結果による、右乙第二七号証の原告名の筆蹟と本訴における原告本人が宣誓書に自署した筆蹟と同一筆蹟ではないという結論があったとしても、この事実だけで右の判断が覆されるべきではない。従って右調停において宇田川信義が無権限に拘らず原告代理人を僣称し、偽造委任状に基づいて同人を代理したということはできない。証人宇田川信義の証言原告本人尋問の結果並びに成立に争ない乙第二四号証の三、五、同第二九号証の各記載のうち右に牴触する部分はたやすく採用できない。

更に被告池田のため右建物について所有権移転登記がなされていること、同被告が本件建物を占有していることは当事者間に争がなく、成立に争ない甲第一号証官署作成部分の成立に争なくその余の部分は弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙第三一号証によれば、本件建物は被告池田が被告松田から買受け所有権を取得したことが認められる。

原告は、なお利益相反行為云々する。しかし本件においては前記認定事実から明らかなように、原告が昭和三二年五月一八日当時未成年のため親権者信義により、第三者である被告松田豊から貸金をうけ、同人との間に前認定の各契約をなし、その登記を経由したものであって、右事実関係においては、原告と親権者信義との間の利益相反行為がなされたことは窺えない。

また原告は民法九〇条違反を云々する。しかし本件係争建物をめぐる原告と被告松田豊との間の本件法律関係において右売買というのは代物弁済に関する契約の実質を有するものであったことは既にのべた通りであるが、鑑定人石川市太郎の鑑定の結果によれば本件係争建物の三二年五月当時の時価は約九五万円余であり、敷地の借地権の価額(約一〇二万円)を加算しても合計約一九七万円位であったことが認められた本件にあらわれた証拠に照らしてみても、原告ないし宇田川信義の窮迫に乗じ暴利を図ってなされたものと認めるに足りる証拠はなく、公序良俗に反するものということはできない。

以上の事実から原告は本件建物所有権は既に喪失していたことが明らかであって、原告の本訴請求はすべて理由がなく〈以下省略〉。

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